ポテトチップスと鳩

高校生のとき、嫌いな女の子がいた。

その子はなんというか包んだ言い方をすれば明るいムードメーカーで、それにちょっと事実を付け加えると、クラスの一番地味なグループとお弁当を食べていた。

なんで私が彼女のことを嫌いかというと、明るいことと可愛いこぶることが大好きで、自分を最高に可愛いと思っている致命的なブスだったからだ。

こちらが恥ずかしくなるようなピンクのお弁当袋からピンクのお弁当箱。頭にはサン宝石で買ったリボン、校則鞄につけたレースのフリル。おいおいそろそろピチレモンからは卒業しろよ、と何度叫びそうになったことか。ぼさぼさの髪をいつも撫で、たまに「ふにゃん」と呟くところなど鳥肌ものだ。

カラオケボックスに呼び出され、二人きりの密室で語られた過去のいじめには、内心「そうだろうなあ」と思いながら相槌を打っていた。

彼女の言動は私には心底理解できなくて、嫌いだった。

 

それは夏休み中のことだった。数学の特別講義が終わって、私は彼女と二人で自転車置き場に向かった。休み中の自転車置き場はがらがらで、いつもは埋まっている空間を呑気に鳩が散歩していた。暑い日だった。

「あ、ハトちゃんだ!」

ハトちゃんて、と私は思ったが暑さと疲れでストレスが溜まっていたので私は心の中でつっこむだけに留めた。

彼女が嬌声をあげながら鳩に駆け寄り、鳩が逃げる様を私はぼんやり眺めていた。

彼女は意図的に「むう~」と呟き、「はっ!」とこれも意図的に口に出してから鞄に手をつっこんでごそごそ探り始めた。

「じゃじゃーん! ポテトチップス~」

コンソメパンチ味のポテトチップだった。それを砕いて鳩に放り投げ始めたのである。

私はポテトチップスの油が鳩の消化に悪くて、食べた後お腹を壊してしまうらしいということを知っていたので、それを彼女に説明した。

彼女は「ふんふん」と頷きながら鳩にポテトチップスを撒くのをやめない。

私はちょっと苛立って、「それ、止めたら?」と低い声で言った。

彼女は笑顔で言った。「なんで?」

「私はいまハトちゃんに囲まれて嬉しいし、私はハトちゃんに餌をあげてるんだから、いいことしてるんだよ? もしこの後ハトちゃんがお腹こわしちゃっても、大丈夫だよ。ハトちゃんきっと丈夫だもん。ねぇーハトちゃん?」

私はそれ以上なにも言えなくなって、彼女が一袋分のポテトチップスを与え終えるのを待ってから、二人で帰った。

 

 

話しているとき鳥肌が立つくらい彼女のことが嫌いだったけれど、それでもどうして高校三年間一緒にいたかというと、彼女が私に話しかけてくれた最初の人だったからだ。

人見知りを拗らせすぎていた私は、入学式と自己紹介を終えても誰にも話しかけられないでいた。

そのころはまだLINEなんてアプリはなくて、Twitterすらはじめたばかりだった。周りにはmixiで事前に知り合っていた女子グループがいくつかでき始めていて、そこに社交的な女の子たちが飛び込んで馴染んでいっていた。

私はそれを内心冷や汗をかきながら見守っていた。そんなとき話しかけてくれたのが彼女だった。

彼女はクラスメイト全員に話しかけていたらしいけれど、それでも少しほっとした。そのころから勘違いブス臭はあふれ出ていたけれど、そのときの私には救世主か女神に見えたのだった。

 

鳩を見ると、たまにその子のことを思い出す。

 

高校の同窓会ライングループにその子の名前もあって、なんだかなつかしくなりました。